第3回ココロゼミ『生と死を考える~パートナーの視点から~』 Part5
2008年 05月 06日
記事UPが遅くなりました。
この第3回ココロゼミ『生と死を考える~パートナーの視点から~』の記事UPを担当させて頂いておりました、あいおが最後に感想を書きたいと思います。
とても印象に残ったエピソードは、
病気が発覚するまで仕事人間だった旦那様が、病気になることによって、
読書や散歩、そして、庭にくるすずめへのえさやりなど、
今までの人生の中で、一番人間らしい生活を送り始めたというもの。
日常の中のささやかなこと。
それを楽しみに過ごすようになった、と。
それがとても温かく感じると同時に、
しかしその温かさが余計に先の悲しみを助長したような気もした。
そしてもうひとつ。
どんどん病気が進行していく中で。
よくなるということはもうないということはわかっている。
だけどその一方で、
奇跡が起こるんじゃないかと、ずっと生きていくんじゃないかと、
いつまでも希望を捨てない自分もいる。
そのような矛盾の中で。
白黒はっきりつけられない、グレーなこと。
世の中そんなことっていっぱいある。
最後に実践された、
「しょうがないや」
ただただ今を過ごす。
そうやって流れに身をまかせることが自然なときもある。
心の中では夫婦共々、相当な葛藤があったかもしれない。
だけど、周りにそのような揺れを見せない強さ。
自分が、もしくは自分の家族が、このような状況になった時、
自分にはそのような強さはあるんだろうか?
なんで?なんで?なんで?
疑問の渦に巻き込まれ、もうそこから出て来れない、
そんな怖さを想像した。
「ああやっとけばよかったかな」
なんて、ちょっと後悔することはあっても、
その時によかれと思うことをやって進んでいく。
結局選択できることはひとつなのだから。
はっとした。
選択肢はいくつもあったとしても。
そう、選択できることは結局はひとつしかないのだ。
できるだけ後悔のないよう、
時に悩み、
時に立ち止まり、
時に自然に身をまかせながら、
選択を繰り返していく。
それが人生なんだなと、改めて気づかせてもらったような気がする。
この第3回ココロゼミ『生と死を考える~パートナーの視点から~』の記事UPを担当させて頂いておりました、あいおが最後に感想を書きたいと思います。
とても印象に残ったエピソードは、
病気が発覚するまで仕事人間だった旦那様が、病気になることによって、
読書や散歩、そして、庭にくるすずめへのえさやりなど、
今までの人生の中で、一番人間らしい生活を送り始めたというもの。
日常の中のささやかなこと。
それを楽しみに過ごすようになった、と。
それがとても温かく感じると同時に、
しかしその温かさが余計に先の悲しみを助長したような気もした。
そしてもうひとつ。
どんどん病気が進行していく中で。
よくなるということはもうないということはわかっている。
だけどその一方で、
奇跡が起こるんじゃないかと、ずっと生きていくんじゃないかと、
いつまでも希望を捨てない自分もいる。
そのような矛盾の中で。
白黒はっきりつけられない、グレーなこと。
世の中そんなことっていっぱいある。
最後に実践された、
「しょうがないや」
ただただ今を過ごす。
そうやって流れに身をまかせることが自然なときもある。
心の中では夫婦共々、相当な葛藤があったかもしれない。
だけど、周りにそのような揺れを見せない強さ。
自分が、もしくは自分の家族が、このような状況になった時、
自分にはそのような強さはあるんだろうか?
なんで?なんで?なんで?
疑問の渦に巻き込まれ、もうそこから出て来れない、
そんな怖さを想像した。
「ああやっとけばよかったかな」
なんて、ちょっと後悔することはあっても、
その時によかれと思うことをやって進んでいく。
結局選択できることはひとつなのだから。
はっとした。
選択肢はいくつもあったとしても。
そう、選択できることは結局はひとつしかないのだ。
できるだけ後悔のないよう、
時に悩み、
時に立ち止まり、
時に自然に身をまかせながら、
選択を繰り返していく。
それが人生なんだなと、改めて気づかせてもらったような気がする。
by kokolo-zemi
| 2008-05-06 23:22